2014年11月25日

現代遠見番所最前線その2

こんにちわ!
はじめましての人ははじめまして!

はじめましての方は第一回から読んでいただけると伝わりやすいと思います。

NHK大河ドラマでは勘兵衛こと如水もいまだ衰えず策士ですな。

次回はいよいよ関ヶ原ですか。楽しみ楽しみ。

ということで牛深御番所第三回はじまりはじまり~

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前回に引き続き遠見番所についての時代背景です。

1605年(徳川幕府)長崎は天領になり南蛮貿易が許された。
これは貿易での冨を幕府が独占的に得るためである。

そして海外貿易をするということは海外の宗教が入って来やすい。それを防ぐのがどうしても難しかった。
秀吉の時代からキリスト教禁教は続いてはいたが、徳川江戸幕府は1612年天領(直轄地)に対し慶長の禁教令を出す。

長崎でこの海外貿易が許されていたため、長崎への航路であった天草でキリスト教が広まっていた事もあり1637年のあの天草島原の乱が起こったことは言うまでもない。

1639年南蛮船入港禁止令。いわゆる鎖国時代に突入。

1641年ここで天草が天領になる。天草島原の乱で、原城攻撃に参加、一番乗りの武功を顕彰された鈴木重成が初代代官として任命された。

江戸幕府は外国船からのキリスト教布教を恐れ天草を直轄地にして管理しないといけなくなったのだ。

↑はいここ!

これが異国船監視の為の理由の一つ!
遠見番所の設置に繋がるのである!

1641年に富岡、大江崎、魚貫崎に遠見番所が設置された。(天草の他の遠見番所設置年代は第一回を御覧ください)


1600年台関ヶ原の戦いの余韻で混乱していた日本国内。その影響もありこの辺りの貿易方法は年代により移り変わりが激しいので記録のために次回纏めておきます。


タグ :遠見番所

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Posted by hirok○ at 05:26│Comments(0)遠見番所
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