2020年10月22日

明治を学ぶ31

明治32(1899)年7月17日、日英通商航海条約実施
締結は明治27年(明治を学ぶ26)。27~28年にかけて同内容の条約を14カ国とも調印。
再三書いてきた徳川幕府が結ばされた治外法権の不平等条約、安政の五か国条約(1858)より41年の月日が経ってやっと撤廃できた。日本の悲願叶う。これをやる為に明治維新を起こしたと言っても過言ではなかった。関税自主権は一部回復。

7月17日、治外法権撤廃その日に横浜で米人脱走兵が日本人2名と米人を1名を殺害するミルラー事件が起こる。
これを日本で裁判し、日本の法律に基づく在留外国人の初の死刑判決となった。

6月には初の国産映画(歌舞伎)上映、8月恵比寿にビアホールが開業、10月には浅草に水族館が出来る。
日本は海外の新しい文化や技術ををすぐ取り入れて自分たちのものにし急成長していた。またこれを誇らしげに感じていた。

明治33年1月号の中央公論に当時考えられていたことが記事になっているので抜粋。
「日本の30年間の進歩は西洋の300年間の文化を超越」「今や列国に並ぶ一強国」「単に西洋諸国に教えをこう時代は去った」
過信とも思える記事が並ぶ。これぐらい日本は目覚ましい発展をとげたと自負があったのだろう。

明治33年3月、治安警察法公布。政治的集会・結社・言論活動を取り締まる法律。日清戦争後産業経済の急激な発展に伴って台頭してきた労働運動(ストライキや団体交渉)を対処する為。

様々な労働組合が出来ていたがこの法案により衰退。
財産などを社会全体の所有とし平等を目指す考え「社会主義思想」が広がり始める。

明治34年5月、日本初の社会主義政党「社会民主党」が結成される。
イギリスでの産業革命をきっかけに資本主義(マルクス)が発達するも、格差などの弊害がでたことから社会主義思想も発達、日本にもその流れがやってくる。
「人類平等」「軍備撤廃」「階級制度全廃」「土地・資本の公有」「交通機関の公有」「公平な財産の分配」「参政権の平等」「教育の公費負担」の理想を掲げた。

しかし治安警察府により結成2日後に解散。

そして国外をまた見てみよう。

日清戦争の多額の賠償金を払うため清は各国と借金をして代わりに租借地を渡すことになったのはすでに書いた(明治を学ぶ30)。
明治33年、植民地化に対抗し清国内宗教団体「義和団」が反乱を起こす。

貧しい農民による排外運動、扶清滅洋(清を助け西洋を滅ぼす)を掲げ外国人やキリスト教徒境界を襲撃。
山東省に始まった乱は北京にまで進出、日本や欧米各国の公使館地域を包囲、公使館員など4000人が籠城することとなる。

6月21日、清の実権を握っていた西太后は義和団を支持、欧米列強に宣戦布告をした。
これに対し列強は8か国連合軍を結成し派兵。
明治を学ぶ31
7月11日、連合軍天津占領。
8月14日、北京総攻撃。兵士約3万から4万人。そのうち日本軍が40%を占めた。
8月15日、西太后は北京を脱出し西安へ。義和団制圧。
日本は極東の憲兵として実力を評価される。列国中戦利品が最も多かった。

明治34年9月、北京議定書を締結。
賠償金4億5000万両。当時の清国国家予算の4年半分。
北京など一部都市に各国軍の駐留など。

しかし議定書にない都市(満州)にロシアは鉄道の防衛を口実に不法に軍を置き占領する。
またしても利益線を守りたい日本と摩擦を生むこととなる。







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