2020年08月30日

明治を学ぶ18

明治16(1883)年7月20日、公家出身者として維新三傑と共に明治政府を支えた岩倉具視がガンで病死。

11月28日、欧米諸国との不平等条約改正に向けての切り札・欧化政策として鹿鳴館が作られる。文明開化の象徴と言われる。
明治を学ぶ18
外務卿井上馨主導の元、総工費18万円現在価値で36億円をかけた国賓をもてなす迎賓館だった。
当時の西欧では外交と社交が深く結びついており、円滑な外交交渉を行うには社交場が不可欠で日本が文明国であることを広く諸外国に示す目的で作った。

連日繰り広げられる舞踏会や演奏会に庶民や国粋主義者から批判の声が出はじめ、本来の目的だった条約改正も上手くいかず明治20年に井上馨は外務大臣を辞任。それと共に鹿鳴館時代は終わった。

8月、伊藤博文ヨーロッパ憲法調査から帰国。
ドイツに習い国会を二院制にしたいと考える。衆議院は選挙で選ぶとしてもう一つは貴族院を作ろうとした。

17年7月20日、貴族院を作る為「華族令」施行。
華族に5段階の爵位を設けた。内容詳しく覚える必要はないと思いますが一応メモ書きしておきます。
上から順に「公爵」「侯爵」「伯爵」「子爵」「男爵」。

公爵―明治維新を成し遂げた大名や公家と徳川本家。(三条家、島津家、毛利家など)
侯爵―三条家以外の公家、徳川御三家。15万石以上の大名、琉球藩王、知藩事。(大久保家、木戸家など)
伯爵―大臣家、徳川御三卿、5万石以上の大名。(伊藤、板垣、大隈など)
子爵―堂上家、大名の分家など。
男爵―維新後に公家や大名になったもの。功績をあげた軍人など。

公爵と侯爵は25歳以上全員。伯爵子爵男爵は各1/5以内が議員になれた(義務)。
この華族は議員になれるだけではなく特権が与えられた。
・皇族との結婚が出来る。
・子弟は学習院へ無試験で入学できる。
・華族継続の為の資金援助を受けられるなど。

前回の最後に書いていたように、自由党板垣退助と後藤象二郎が海外へ憲法を学びに行った時の費用を政府の斡旋で用意したことにより党内が統制が聞かない状態になり分裂。さらにデフレのあおりを受け活動資金も窮迫。
明治17年10月29日、自由党解散。板垣退助の影響力がかなり低下した。

10月31日、物価が5年で1/7に下落。デフレで苦しむ農民が旧自由党員指導の下「秩父困民党」を結成。1万人が集結し政府に税率の引き下げを訴え大規模な一揆を起こす。これを秩父事件と言う。政府は警察で抑えきれず軍隊を派遣鎮圧。死刑7名4000名処罰。

一方、立憲改進党の大隈も党運営が立ち行かなくなり離党。事実上活動停止になり板垣、大隈の指導者のいなくなった自由民権運動は衰退していく。

国内は景気も悪く一揆も起こり自由民権運動も下火。そんななか朝鮮で日本も関係する問題が起こる。
明治15年7月、朝鮮の内乱時に日本の公使館が襲撃された壬午事変(じんごじへん)をきっかけに日本は朝鮮に軍が駐留して公使館守らせていた。

明治17年12月4日、親日派の金玉均(きんぎょくきん)が政権を持つ閔妃(みんぴ)打倒を企てクーデター・甲申事変(こうしんじへん)を起こす。なんとこのクーデターに日本公使館を守っていた軍が協力していて王宮を占拠したのだ。しかし朝鮮は清に援軍を要請。清に鎮圧され失敗に終わった。
この金玉均には福沢諭吉も一生懸命援助をしていて、日本と朝鮮と清は一丸となり近代化を目指し欧米列強に対抗すべきと唱えていた。だがクーデターが失敗に終わり福沢は朝鮮に絶望し怒りの感情を持つようになる。

明治18年3月16日、福沢諭吉「脱亜論」発表。日本と朝鮮と清が一丸となり欧米と対抗する考えを捨てると言った。諭吉さん結構過激w

4月18日、日清間で天津条約締結。
・日清両国は朝鮮半島から完全に撤兵。
・以後、お互い朝鮮半島に出兵するときは事前通告を義務付けた。(清は朝鮮が属国であることを理由にした出兵が不可になった)このことは日本にとって外交的勝利だった。

この一連の争いで山縣有朋を中心に将来的な清との戦争を見据えるようになり。これより10年がかりの軍拡計画が練られる。

あれ?諭吉さんあなたの考えが戦争に発展してんじゃないの?「天は人の上に~」とか言うからさ、てっきり平和主義なのかと思いきやこりゃイメージ逆転やで。やで。

国内政治に戻り一回現状整理。
16年に右大臣岩倉死去。太政大臣三条と左大臣有栖川宮は事実上引退状態。その下の参議は無力化になっていた。この状態を回避するとともに、再度薩長政権の確立を目指した制度がこちら。
明治18年12月22日、内閣制度誕生
伊藤博文が初代内閣総理大臣になる。
各省(内閣)を取りまとめるのが総理大臣(1人)現在に近い。
初代内閣。
外務-井上馨(長州)
内務-山縣有朋(長州)
司法-山田顕義(長州)
大蔵-松方正義(薩摩)
陸軍-大山巌(薩摩)
海軍-西郷従道(薩摩)
文部-森有礼(薩摩)
農商務-谷干城(土佐)
逓信-榎本武揚(幕臣)

この割合でわかるように明治維新で血を流したのは薩長でありその地位は譲らないとの固い意志が見える。実はこれ現代まで続いてるとまでは言いませんが安倍晋三さんが残念ながらお辞めになるタイムリーなので書くと、安倍さんも長州。安倍さんまで全98代総理まで述べで数えるとなんと長州は総理を20人も輩出している。このことからもわかるように今学んでる明治時代が基礎になって僕らは今生きている。

明治を学ぶ18
このお札は昭和のものだから多く現存してて僕も10枚程度持っています。この伊藤博文が初代総理でそして時代はようやく待ち望んだ国会が開設されそう!ということでそのお話はまた次回に。





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